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写真電送の新法
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)膜《フィルム》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
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電信機が出来てからは、一本の針金に託して書を千里の外に寄せる事が出来る。電話機が発明されて以来は、一双の銅線に依って思いを百里の境に通わす事も出来る。この頃はまた写真電送機というものが成効に近づいて写真画図のごときものを一瞬間に遠距離に送る事さえ思いのままになろうという事である。
数年前よりドイツのコルン氏が研究を重ねた末今年に至ってほぼ成効した、いわゆるコルン式写真電送機の事は既に我邦の諸新聞雑誌に掲載せられた事があるので事新しく述べる必要もないが、簡単に云ってみれば先ず次のような仕掛けである。今送ろうと思う写真をゼラチンの膜《フィルム》に複写してこれを円筒形に巻き、筒の中心に軸をつけて廻転するようにする。丁度昔の蓄音機の蝋管のように、廻りながら一方に進行させる。筒の中にはセレニウムの紐《ひも》を螺旋《らせん》形に巻いたものがあって、これから出た針金が電池と目的地の受信機とに接続している。円筒の外線には小さいアーク灯があって強い一条の光線を送り、写真の膜を通じて筒中のセレニウムを照らす。そこでもし円筒を徐々に廻せば、光線は膜の諸点の濃淡に応じてあるいは強くあるいは弱くセレニウムの感光器を照らすようになる。しかるにセレニウムの奇妙な性質として、その電気抵抗はこれを照らす光の強弱に応じてあるいは減じあるいは増すので、目的地に通ずる電流もまたこれに応じて増減するのである。受信機の方ではこの電流を受けて小さい電灯に通じ、その明滅する光線の一条をば発信機のと同じような円筒に巻きつけて廻転する写真の膜に投ぜしむる。さすれば発信機の原板の濃淡の度に応じて受信機の膜の光に感ずる度を異にしているから、これを現像して焼き付くれば直ちに原板の写しが出来上がるという訳である。
この発明は一時世界を驚ろかして諸国の新聞を賑わしたが、ごく近頃この機械の向うを張って仏国に現われたカルボンネル式というのがあって、これはまだ全く成効の域には達せぬが、とにかく耳新しくてその仕掛けも巧妙と思われるからその概略を御紹介したいと思う。
カルボンネル式では、セレニウムのごとき取扱いの六かしいものは少しも用いず、有りふれた道具立で出来るところがちょっと面白く思われる。すなわち送ろうと思うものが写真ならば、これを薄い金属板に焼付けこれを前のコルン式同様に円筒に巻く。そして尖った針の先をこの円筒に触れしめ、この針より金属板を通じて電流を送りこの電流を目的地に送る。受信機の方ではこれを電話の受話器のごときものに接続する、受話器の薄い鉄の円板の真中に固着した針が一本あってこれが原板の写しを画くペンの役目をするのである。写しを取るには蝋《ろう》または鉛の筒あるいは複写紙を巻いたものを廻転軸にはめ、その表面に前述のペンが乗っかっている。今発信機の円筒を廻転すると同時に受信機のを廻せば、原板の焼きの濃淡に応じて電流が変り受信機のペンが上下して即座に写しが出来上がるというのである。
この機械はまだなお研究中であるそうだが成効すれば便利なものである。コルン式に優る点は電送に要する時間が短い事で、例えばコルン式では縦十八センチメートル、横十三センチメートルの写真を送るに十二分を要するが、この式では縦十八センチメートル、横九センチメートルのを送るに八十秒で足るということである。[#地から1字上げ](明治四十年十月七日『東京朝日新聞』)
底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店
1997(平成9)年11月21日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
1986(昭和61)年1月7日第2刷発行
初出:「東京朝日新聞」
1907(明治40)年10月7日
※初出時は無署名です。
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2022年1月28日作成
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